Masuk離婚してからは彼への気持ちは消し去ったはずなのに、どうして私は彼に信じてもらえないことが、こんなにショックなのだろう。
彼が信じてくれなくて辛かったから別れの道を選んだはずで、とうにその期待は捨てたはずなのに……。
病院で偶然知ってしまった彼の内に秘めた想いが、そんな私の決意を鈍らせる。
彼に期待なんてしちゃいけない。
信じたら裏切られる。
そんなことわかっているはずなのに──。
そんな気持ちを抱えながらも、私はそのあと気持ちを切り替え撮影に挑む。
撮影現場は、可愛らしい女の子と親子の撮影だった。
撮影を始めようとすると、その女の子は初めての撮影らしくモジモジして、お母さんの後ろに隠れている。
「すいません。この子大勢の人いるの見たら恥ずかしくなっちゃったみたいで」
お母さんが申し訳なさそうに謝る。
「いえ。確かにこんなにたくさんの人ビックリしちゃいますよね」
お母さんに答えたあと、私は
【一弥side】スタジオに戻り、俺は編集長に声をかける。「あっ、桐生社長」「編集長。お疲れ様です」「杏華さんの撮影見られましたか」「はい」「すごいわね。あの子。本当に自分で乗り越えて、すごい撮影にしてたわよ」「えぇ。本当に」やっぱり編集長の言ってたとおり、編集長も認めるほどの撮影だったってことだな。「実は、そのことでご相談が」「何かしら」「この今回の企画で人気や可能性が出たら、巻頭ページや表紙に使うと言ってましたよね」「そうね」「その件ですが、うちの杏華も平等に判断してくれませんか」「──そのつもりよ」「……そうですか。ならよかった。最初これは出来レースだとおっしゃってたので──」俺は冷静に呟く。「最初はね。そのつもりだったわ。杏華さんは、あなたがどういう人間か……、この業界に深く関わっているということ、まだ知らないんでしょ?」「えぇ。まだ本当のことは伝えてません」「そうね。あの子は本当に純粋で、ある意味どんな色にも染まるようなタイプよ。だからこそ、自ら意志を持って、自ら決めたやり方や魅せ方で、モデルをしていく必要があるわ」「はい」「だから、あなたの本当の姿を知ってしまうと、あなた色に染めてしまう恐れがある──。そうでしょ?」編集長は、見透かしたように冷静に俺に問いかける。「ハハッ。編集長は、さすが、なんでもよくおわかりですね」「何年の付き合いになると思ってるのよ。あなたが杏華さんと夫婦だった頃からの付き合いよ?」「そうですね。まさか杏華を、この業界に引き込んでしまうとは思ってもみませんでしたが──」ただ偶然、離婚してから杏華が綾乃のモデルの現場に来てたことで始まったことだった。俺はこの自分のテリトリーに、杏華がまさか関わってくるとは、夫婦だった頃は想像もしていなかった。
【一弥side】杏華はカメラの前で撮影に夢中になっていて、後ろの方で杏華を見つめている俺には気づいていなかった。こんなふうに夢中になっているときに感じる、孤独感が俺の中で襲ってくる。いつかきっと杏華は、こんなふうに、俺をあの目に映さなくなってしまうかもしれない。一人大きく羽ばたいて、俺なんかのことを本当に相手にしなくなるかもしれない。所詮今は俺は、ただのビジネスパートナーだ。あいつが、もっと大きく羽ばたきたいと願えば、俺はそれに素直に従うしかない。もしこれが夫婦のままだったら、俺はなんとしてでも、夫という立場で、あいつの自由を奪っていたかもしれない。誰の目にも触れさせたくない。これ以上輝いて綺麗になっていく杏華を、誰にも知られたくない。そんな自分勝手なドロドロとした願望が、きっと嫌というほど溢れだしていた。だが今は夫婦ではないということで、なんとかセーブして自分を保っているようなものだった。きっとあいつがモデルとして、どんどん綺麗になって輝いていけばいくほど、俺はそれと同時に、こんなにも醜い感情が渦巻いて溢れ出てしまう。もうこれ以上、あいつに嫌われたくない。あいつにこれ以上、嫌な想いをさせたくない。そうなんとか保っている感情も、いつ自分の中で溢れてしまうか、俺自身予測が出来なかった。今のままじゃ、また俺のこんな気持ちを、あいつにぶつけてしまう。俺は撮影が終わる前に、頭を冷やしに外へ出て行った。そのとき秘書からの電話が入り、電話に出た。『社長。先程の取引。どうなさいますか。先方は一億で手を打つとおっしゃってますが』「わかった。二億出せ。そのかわり、一切この先向こうの言い分を変えさせるな。こっちが掲示した条件を、もう一度ちゃんと納得させろ。あと、保留していたあの条件も追加しておけ。あれを入れておけば、向こうも何も言わないだろう」『わかりました。それで進めてみます』「頼んだ」秘
「よく似合ってる」「え……」「杏華自身が好きだと思える自分になれたこと。それはお前にとって、ちゃんと自信になったんだろ?」「うん……」「今までのお前も、今の変わったお前も、全部がお前だってこと、ちゃんとわかってる。ちゃんと見てるから──」一弥さんが優しく呟く。その言葉に私は、自然とまた笑みが零れた。「あの一弥さん! そのヘアメイクさんなんだけどね!」夏希さんのことを話しかけようとしたとき。彼のスマホから電話の呼び出し音が鳴る。「すまない。電話だ。あっ、俺はまだこれからここで大事な用事があって、そのあとも仕事があるから、今日は送ってやれないんだ」「あっ、そうなんだ。うん。全然大丈夫! 一人で帰るね」一弥さんにそう返事をすると、一弥さんは電話をしながらスタジオの方へと向かっていく。そっちはスタジオ……、だよね?私の撮影を見に来てくれたわけじゃなく、今からスタジオの方で大事な用事だなんて……。その瞬間、すぐに綾乃が思い浮かぶ。私じゃなく、綾乃を……見に来た……?事務所的に彼が綾乃を見る必要はないのに、さっき綾乃が私に挑発した言葉を、ふと思い出してしまう。やっぱり一弥さんにとって、綾乃は特別なの……?電話をしながらスタジオの方へ遠く消えていく背中を見つめながら、私は彼に問いかける。やっぱり気にかけてるのは、私よりも綾乃なの……?彼があのときかけてくれた言葉を信じたいのに、綾乃が挑発してきた言葉が、やっぱり引っかかってしまう。彼の目に映るのは、私だけであってほしい──。私だけのことを考えていて──。また考えてもどうにもならない感情や不安が押し寄せる。私は、ずっと彼が視界から消えていくまで、ずっと彼の背中を見つめ続けていた──。♢ ♢
「あれ? RURIさん戻られるんですか?」綾乃はぷりぷりと怒りながら、スタジオから出て行く。「編集長。じゃあ、新しい企画のご連絡待ってますね」「オッケー夏希。私が決めた企画だから、通ったのも同然よ。期待して待っててちょうだい」「ありがとうございます!」「杏華さんも、この企画通してもいいかしら?」「はい! もちろんです! そんな素敵な企画考えてくださってありがとうございます!」私は勢いよく頭を下げてお礼を伝える。「私ね。あなたたちには期待してるの。実は、あなたと夏希、私も二人は共鳴し合えるところがあるんじゃないかって思ってたの」「そうなんですか?」「えぇ。あなたたち、お互いよく境遇も環境も似ている気がしてね。夏希のあの自信満々な頼もしい勢いあるパワーと、あなたのその穏やかで繊細に見えて強い意志を感じられるパワーが、同じように感じるの。それが組み合わさったとき、どうなるのか実は見てみたかったのよ」「前からそんなふうに感じてくださってたんですか……?」「えぇ。だから実は、いつか二人を引き合わせてみたいなって、本当は密かに考えてたの」「え! そうなんですね!」「だけど、まさかそんなことをするまでもなく、あなたたちが巡り会ってたなんてね。それこそ、あなたたち運命的ね。これからまさに運命的な最高の相棒(バディ)になるかもしれないわ」「最高の相棒(バディ)……」編集長に言われたその言葉を、私はつぶやきながら噛み締める。そんな最高の関係になれるといいな──。私はそのあと編集長に改めて挨拶をし、楽屋へ戻るためスタジオを出る。楽屋に戻る途中で、仕事の連絡を入れるからといって、夏希さんは電話をしに行った。私は一人、とても軽やかな清々しい気持ちで楽屋へと足を進める。そのとき、前方から見慣れた姿が歩いてくる。え、一弥さん!待ち望んでいたその姿が、こんな不意打ちで現れて、私は胸の高鳴りと共に、その姿を見つけ自然に笑みが零れる。「一弥さん!」私は彼の元に気づけば駆け寄っていた。「あぁ。杏華」「お仕事終わったの?」「あぁ。もう少し早く終わる予定だったんだが。思ったより遅くなった」「そっか。私の撮影終わっちゃった……」見てほしかったその気持ちが出て、少しガッカリしながらつぶやいてしまう。「いや、撮影なら……」「ねぇ! どうかな! 私の
「え……」私は思わずショックで感情が漏れる。夏希さんが笑顔で握り返した瞬間、綾乃の表情もぱぁっと明るくなり嬉しそうな笑顔になる。すると──。「ごめんなさい。私、あなたに一切なんの魅力も感じないの」夏希さんは、握っていた手を、勢いよく突き放し、笑顔で辛辣な言葉を綾乃に投げつけた。「は──?」綾乃の表情が歪む。「私、あなたみたいに上辺しか見てないような人、興味もないのよね。それに、あなたみたいな薄っぺらいモデルに、なんのインスピレーションも沸いてこない」「ちょっ、何よ!」夏希さんが吐き出すその言葉に、さすがの綾乃も素の表情で反応する。「私がヘアメイクとして仕事したいって思うのは、たった一人、この『杏華』だけよ」そう言って私の両肩に手を添え、隣でにっこりと夏希さんが微笑みかける。「夏希さん……」私はその言葉が嬉しすぎて、思わず言葉に詰まる。「彼女は、初めて私が『この人のために私の力を活かしたい』と思った人なの。自分の魅力を全然わかっていなくて、だけど誰にもない唯一無二の魅力を秘めている彼女は、ただの石ころから宝石になるほどのとんでもない逸材よ」夏希さんは、力強く綾乃に伝える。「だから私は彼女がどこまでも広くて大きな世界に羽ばたいていくのを、隣でサポートしたい。私の力で、彼女を誰よりも美しく魅力的に輝かせたい」「夏希さん……」「私はこの自分の力を、杏華にすべて尽くして捧げたい。彼女が嫌だと断っても、私は杏華の専属ヘアメイクにしてもらうまで、絶対諦めないわ!」そう言って私に、とびきりの笑顔で微笑みかけてくれる。夏希さんのその想いに、私は胸がいっぱいになる。こんな素敵な人が、こんな私のために、ここまで言ってくれるなんて……。いえ、『こんな私』じゃないわよね。自分で自分の自信を失くすようなこと思ってはいけない。そう。きっと彼女となら、こうやって彼女の強い力に引っ張られながら、私もきっともっと強くなれるはず。「夏希さん! 私もあなたがいい! あなたとずっとお仕事していきたい! あなたがいたら、私きっともっと強くなって輝いていけると思う!」私は夏希さんを見ながら、今の自分の気持ちを伝える。「嬉しい! モデル杏華を輝かせるのは私以外絶対ありえないわ! あなたを誰よりも輝かせて唯一無二の最高に素晴らしいモデルにさせてみせる!」
「編集長。ごぶさたしてます」すると夏希さんが編集長に、挨拶をする。「え? 夏希さん。編集長と知り合いなの?」「うん。前からお世話になってる」夏希さんは平然と笑顔で答える。「あ~! そうなのね。確かに夏希なら、あなたのその魅力ここまで引き出せるわ!」編集長は、大声で一人納得する。「編集長。この人、何者なの──?」ずっと話を聞いていた綾乃が、編集長に尋ねる。「あら、RURIさん。あなたもいたのね。あぁ、あなたもまだ知らないかもね。夏希は今までは普通のアシスタントだったから、あなたとも直接関わり持ってなかったかも」「アシスタント……?」綾乃がその言葉に反応する。「えぇ。あなたにもよくついてくれてるヘアメイクのアシスタントをしていたはずよ」「じゃあ、前から……?」「はい! アシスタント時代は、先輩について、よくRURIさんのサポートもさせてもらってました」夏希さんが、綾乃に元気よく伝える。「そ、そうなのね……。そんなアシスタントなら、今回たまたまうまくいったってことよね」綾乃が悔しまぎれに呟く。「たまたまじゃないわよ。夏希は、今じゃ”奇才の新人”として、普通のモデルもオファー出来ない、ものすごい存在よ」「は……?」「え!? 夏希さん、そんなすごい人だったんですか!?」編集長の言葉に、露骨に顔を歪ませ反応した綾乃と、まさかのすごい人だと知ったことで驚く私。「あ~いや、別にたいしたことないよ。この前コンテストで優勝しちゃって、そこからなんか勝手に周りがそう騒いでるだけなんだよね~」夏希さんが、あっけらかんとしながら呟く。「え、コンテスト優勝? すごい……」「そのコンテストの優勝も、夏希は圧倒的なと才能と実力で、ずば抜けた結果で優勝したの。本当に稀に見ないすごい才能ね」「フフッ。恐れ入ります~」夏希は、編集長の誉め言葉にも、軽く答える。「『奇才の大型新人・夏希』で、うちの雑誌でも特集したページが今度載る予定よ」「え、そんな特集まで……」綾乃がまた反応する。「だけど業界的には、夏希のすごさはもう有名だからね。大きなモデル事務所は、夏希を専属にしようと必死になってるわ」「え、夏希さん。そうなの?」「あぁ、まぁね」「え、ならぜひ私の専属になってくれない!? 私ならあなたのその才能もっとすごくしてみせるわ!」すると
「わあ、すごく綺麗なお花!」 綾乃は、私の腕の中に抱えられた花束を、目を輝かせて見つめた。 私は反射的に花束を抱き寄せる。 「この花は……」 言い終える前に、すらりとした長い手が、私の腕の中から花束を奪い取った。 呆然と顔を上げると、そこには桐生一弥の、感情の揺らぎひとつない瞳があった。 彼は、私が心を込めて選んだ――純潔な愛を象徴する白いバラの花束を手にすると、そのまま自然な動作で振り返り、綾乃の前に差し出した。 「誕生日おめでとう、綾乃」 低い声だったが、突然静まり返った個室の中には、はっきりと響き渡った。 綾乃は驚きと喜びの入り混じった表情で花束を受け取り、顔を花びらに
【プロローグ】 初恋は実らないものだ、と人はよく口にする。 私はそれを信じず、初恋の人と結婚した。 結婚三周年記念日。 私は妊娠をした身で、ミシュランに引けを取らないほどのご馳走を並べ、彼の帰りを待っていた。 すると彼から一本のメッセージが届き、ある高級レストランの住所だけが記されていた。貸し切りだと。 ついに彼も気が回るようになったか、サプライズを用意してくれたのかと思った。 ドアを開けた先にあったのは、私の妹・綾乃の誕生日会だった。 その瞬間、私はすべてを悟った。 自分だけが幸せだと思い込んでいたこの結婚は、最初から最後まで私ひとりだけの独り舞台だった。 私はあの子の影
目を覚ました瞬間、強い戸惑いに包まれ、次いで記憶が断片的に一気に押し寄せてくる。 気付けば無意識のうちに私は下腹部をかばっており、鈍い痛みが走った。 そのとき、そばにいた一弥さんの姉の真琴さんが私が目を覚ましたことに気付き、慌てて駆け寄る。 真琴さんは私の手をぎゅっと握り締め、声を震わせながら言った。 「よかった……やっと目を覚ましたのね。お医者さんが言ってたの。急激な精神的ショックと、長期間の心身の抑圧が原因で、切迫流産の状態だって。今は安静が必要よ。……ねぇ、どうして妊娠していること私に言ってくれなかったの?」 「どうして、私は病院にいるの? どうして真琴さんがここにいるの?」
「お姉ちゃん、どうしてあんなことしてバレないと思ってるんだろ」 え……、あんなこと……? バレる……? なんの話……? 「まさか、あいつが俺の知らないところで、男漁りしてるなんて心底見損なったよ」 男漁り……? さっきも、それ言ってたけど……どういうこと……? 「お姉ちゃん、もうそれ病気なの……。一人の男性では満足出来なくて、常に自分の欲望を満たしてくれる男性を探し求めてるの」 ちょっと待って……! あまりにも身に覚えのない酷い綾乃の嘘に私は驚いて言葉を失くす。 「俺もまんまと騙されたよ。まさかずっと清純なフリをしてたなんてな」 酷い……! 一弥さんもどうしてその言葉を信じるの…







